仕事の成果と人生の幸せは別に考える
私の前職の部長が4月で異動して営業ではない部隊に移ったと、前職の同僚から連絡がありました。
前職の部長が課長の頃からお世話になっているのですが、良く言えば優しい、悪く言えば甘い人でした。
人間的には好きな方だったので何とか報われてほしい気持ちがありますが、その人の良さ故に上から言われた理不尽なことを下の社員に強いる事ができず、結果として売り上げが作れなかったというイメージです。
最近よく部下の良さを引き出す優しい指導が良いとか、部下が萎縮するのは良くないという風潮が多いです。
しかし、社会人になって10年経過し、その殆どが古い日系大企業で働いていますが、部下を怒鳴りつける人のほうが出世しています。
そして怒鳴りつけられた部下が上司に怒られないために仕事をきっちりやって売り上げを作るという事が多いのが実態のような気がします。
人が良くて売り上げが作れない上司と厳しく指導し、部下を萎縮させてでも売り上げを作る人だと後者のほうが社内での評価はもちろん一般的に支持されがちだと思います。
言い換えると仕事に厳しい人が支持されるということです。
私もかつてはそういった人の方を支持する傾向があったと思いますが、最近そこの考えがはっきりしなくなってきました。
そもそも仕事にそこまで打ち込むことがそこまで幸せなのかという価値観も芽生えてきているのです。
これはやる気が無いというのとは少し異なります。
冒頭に出てきた部長は私が転職する際に私の決断を尊重してくれただけでなく、個人的に食事に連れて行ってくれて快く送り出してもらいました。
その感謝の気持ちもあるので、その人には何とかその人のやり方で成功してほしい気持ちがあります。
しかし、これまでの傾向を見ていると社員のポテンシャルを引出すのは自由より束縛である気がします。
特に老舗の大企業は働きたくない人が多いので無理もないかもしれませんが。
こんな仕事にそこまで打ち込むことが果たして幸せなのかを問うのが昨年ベストセラーになった『嫌われた監督』だと思います。
私自身は落合信者ですがそんな私ですら落合の下で働く選手は果たして幸せだったのかなんてことを考えてしまうほど落合の野球に対する厳しさを感じる内容でした。
そしてこの本のテーマの一つにもなる部分ですが、この問いに関しては正解も不正解もないということになります。
落合の前には正義も悪もないという文が途中に出てくるはずです。
逆に言えばだからこそ自分の価値観をしっかり持って周りに流されず自分の道を歩く事が大切なのではないかと思います。
そしてこの問いに対する落合の答えが本人の著書『采配』に記されています。
それがタイトルにもある通り仕事の成果と人生の幸せは別で考えるというものです。
自分がどう生きたいかというのを改めて考えさせられる同僚のタレコミでした。