ギョグゼギボビビビ

頭の中で考えて行き先がないものを置いていくブログです

若い人ほど今伸びている業界に行ったほうが良い理由

沈没を待つ状態の日系大手企業から今後の日本を変えようとし今まさに支持を集めつつある商材を扱うベンチャー企業に転職してもう2ヶ月近くになります。

 

最近自分の中で強く感じたことがあります。

それは若い人ほど今伸びている業界に行ったほうが良いということです。

転職する前の大企業時代は今考えると本当に無駄な仕事というか未来の自分を助ける仕事がなかったなと思います。

受領した注文書の手配に1日中対応する。しかもそれは注文が殺到していて儲かっているわけではなく社内のシステムがしょぼすぎるせいで時間がかかり1日が終わってしまう毎日でした。

今もそのシステムに文句を言いながら対応している私の同期や年下の若手社員がいます。

 

ベンチャー企業に入って感じますが、本当に無駄な仕事がないです。

また、会社自体が何をどうしたいか、どういう影響を社会に与えたいかという意思を持った組織になっているのでそこで仕事をするとそれだけで自分の名刺になります。

入社して2日目にこの業界でこの会社が負けても勝った企業に転職できそうだなと感じたことを覚えています。

 

若手の社員が今伸びている企業に行ったほうが良い理由として考えた理由はもう一つあります。

それは人員リソースが限られており、これから更に人が減るこれからの日本において大企業の無駄な仕事をやってもらうのは非常にもったいないということです。

今伸びているベンチャー企業でも人が完全に足りているとは思いませんし、高学歴の人もまだ大企業に集まっています。

優秀な人が伸びている業界に行けばそれだけで良い影響があるでしょう。

 

また、いま無駄が多い大企業は若手が消えればおっさんが色々やらなければならなくなります。

そうなると今の業務の無駄に向き合い改善しないと仕事が回らないでしょう。

今はなんだかんだ社会を知らない大学生が会社の名前で入社してくれるので無駄な仕事をする要員が勝手に毎年増えています。

どんどん伸びている業界に転職すればおっさんばかりの職場も変わっていくでしょう。

そして無駄がなくなり改善された大企業はその時の大学生や若手社会人にとって良い就職先となり若い層が戻ってくると思います。

また、その頃には無駄が多い大企業を脱出した当時の若手が引っ張るベンチャー企業が更に巨大化し、生まれ変わったかつての大企業と良いシナジーが生み出されると思います。

 

前職時代に何度も会社の中でもブチギレましたが、センスのないおっさんが作った害悪システムに振り回される時間は若い人にとっては本当にもったいないし、日本という国の将来を考えてもそんなくだらないことに振り回されている場合ではありません。

今後前職の同期や下の世代と話す機会があれば転職の啓蒙活動を行うつもりです。

しかし、今日寝れば明日になるし、1年経ったら歳は一つ増えます。

いつまでも若者としてはいられません。

転職成功したから言えるだろうと言われることも多くなりそうですが手遅れになる前に伝えられる人には伝えようと思いました。

転職して順調だったから見落としがちになっていたこと

12月に転職して今の所は前職で日々感じていたようなストレスがありません。

とても順調で転職してよかったと思っているのですが、転職活動中に頻繁に考えていたことを考えなくなっていました。

 

それは自分の人生の大目標というか理想の状態を考える習慣です。

転職活動中はどう生きたいのかみたいなことを結構考えていたのですが、最近はそういうことを一切考えていませんでした。

元々嫌なことを一切やらない、嫌なことをする状況になったら即辞められる状態でいるというのが転職活動中に考えていた自分の理想でした。

 

日々が充実すると大局にたった視点で自分の人生を見ることができなくなりがちなので気をつけないといけないなと思います。

前職でも入社後常にストレスを感じていたわけではなく、ストレスを感じる環境になって初めて自分の人生を考えたという経緯があります。

今回の充実した日々もいつまで続くかわからないので自分の人生の大目標は見失わないようにしておきたいものです。

 

ただ、ここでもう一つ考えなければいけないのは転職活動中に考えていた自分の理想は実は違うかもしれないということです。

転職して充実していると書きましたが、前職と比べて新しい見込み客に提案する機会は桁違いに多いです。

なので前職の同僚が今の職場に転職したら皆充実するかと言うとそうとは言い切れない部分があります。

だから決して楽というわけではないのですが、それでも充実するというのは単に楽をしたいという欲があるわけでもないということでしょう。

 

基本的に自分が求めるのは自由で最終的には不労所得を得て働かなくても生きていけるみたいなことを考えることもありましたが今の状況で仕事がしたくないかといえばそうとも言えません。

となると自分の幸せはどこにあるのかというのもまたわからなくなります。

今は充実しているので見つからなくても苦しくないです。

逆にこういう時にもっと考えようかなと思いました。

オリンピックを見ると感じること

昨年自国開催のオリンピックを終えた日本人の殆どはもう来月開催される冬のオリンピックに興味がないと思います。

 

東京オリンピックを見たときもですが、オリンピックを見ると選手が羨ましいなと思います。

何故羨ましいかと言うとメダルがほしいとか、才能があって羨ましいとかそういうわけではないです。

オリンピックを見ていて一番選手が羨ましいと思うのは勝っても負けても選手が涙を流すところです。

どういう結果になっても涙を流すというのはそれだけオリンピック、競技に賭けていたということです。

どんな結果が出ても涙が出るほど何かに賭ける、必死になれた経験はほとんどの人はないと思います。

 

私も学生時代や社会人になった後もスポーツはしてきましたが、そこまで賭けたものがないというか、結果が出て涙が出たことはないです。

スポーツ以外でも当然ないです。

昨年の東京オリンピックも来年の北京オリンピックも開催自体に反対する人が多いです。

私もやらなくても良くね?と思っていました。

ただ、選手が必死に戦い涙するシーンを見るとやってくれてよかったと思います。

少なくとも東京オリンピックはそうでした。

北京オリンピックはコロナに加えてチベットの人権問題があるので今回ばかりは純粋にやってくれてよかったとは思わないかもしれませんが、選手が戦う姿は政治問題とは別で美しいものになるでしょう。

 

必死に一生懸命頑張る人というのはそれだけで魅力があると思います。

昨年の東京オリンピック開会式の前にどこかのテレビ局のアナウンサーが「オリンピックに反対するのを否定しないがそこに向けて一生懸命準備してきた人がいる」という言葉を発し名言だと話題になっていました。

これは選手を見ていてまず感じました。

選手が一生懸命戦う姿を見て、この舞台に上がるためにここで勝つために必死に取り組んできたんだぁと考えると軽々しく中止でいいじゃんとか言うべきでないなと感じたし、選手は開催前に中止のデモ行進のニュースなどを見てどんな気持ちだったのかなと思います。

また、昨年の夏に何故か1週間ほど散歩がマイブームになって芝浦から溜池山王にオリンピック開会式の次の日に歩いたのですが、そこでもオリンピックに関する装飾がどこかにあって選手だけでなくその関係者もこの日のためにやってきたんだなと感じました。

 

来月のオリンピックは昨年の東京オリンピック以上に純粋に支持することができないオリンピックになると思います。

おそらく日本選手団も参加はするでしょうが、競技を楽しむことと政治的な批判は分けて考えたいと思います。

まただからこそ問題のある国が大金を払っても開催国の権利を簡単に与えてはいけないと思いました。

ブログを良く書くようになって変わったこと

昨年の11月末辺りからできるだけ毎日ブログを書こうと思って1ヶ月半ほどやって来ましたが、最近あることに気づきました。

それは考え事をして眠れないということが無くなったということです。

 

元々このブログをやろうと思ったのは、寝る前に色々考えてしまって全然眠れないということが昔から結構あり、そこで考えて終わりなのはもったいないからどこかに残しておこうと思ったのがきっかけです。

そうして11月末から自分が気づいたこと考えたことを残しているのですが、ここに書き出しているからなのか寝る時にふと何かについて考え出すということが無くなっていました。

 

そういえば思い出したのですが、私は誰かが同じ部屋で寝ている時に一緒に寝ている人より遅く寝たことがほとんどないと思います。

また、実家に住んでいた時にも考え事をして眠れないということはほとんどなかった気がします。

これはなぜかと言うと自分が考えたことを吐き出す相手がいたからだと思います。

聞かされる相手は退屈だったかもしれませんが、誰かに話して吐き出してしまえば頭の中は空っぽになって、寝る時に改めてそのことについて考えることが無くなるということなのでしょう。

そういった意味ではコミュニケーションの大切さを少しずれた観点で実感できたと思います。

 

おそらくですが、これは考えたことでなくても良いと思います。

例えば仕事で上司や客がムカついたみたいな内容でもどこかに吐き出してしまえば頭の中でぐるぐるすることは無くなるでしょう。

ただ、誰かの愚痴の場合は聞かされる人間が嫌な思いをするので私はブログに書いたほうが良いと思います。

また、自分も相手も個人が誰か特定されないように気をつける必要もあります。

 

元々頭の中でぐるぐるしているものを置いていくというのがこのブログをやっている理由ですが安眠につながるとは思いませんでした。

考え事をして眠れない方は一度試してみてはいかがでしょうか。

日系大手企業からベンチャーに転職して1ヶ月と3週間経って気づいたこと

12月頭に転職して早2ヶ月が経過しようとしています。

だんだん新鮮味がなくなりつつあって逆に前職への名残惜しさもほほ皆無なのは良いのか悪いのかどうなのでしょうか?

私は良いことだと思っています。

 

そんなこんなで最近はベンチャー企業に入ってカルチャーショックを受けるという出来事が殆どなくなってしまったのですが、最近一つ気づいたことがあります。

 

それはベンチャー(というか私の働いている会社)は1対1の面談を数多く行っているということです。

例えば毎週マネージャーと30分ではありますが1対1で話す機会があり、今の仕事の進捗状況や何か不明点や困っていることを聞かれたりします。

これは私が入社したばかりだからだと思っていたら、もう入社して1年半以上する人も行っており、会社の文化というかシステムなんだろうなと思いました。

 

前職の企業では記憶するに1年に2〜4回程度だったと思います。

また、部下を食事や飲みに誘う上司とそうでない上司で部下とのコミュニケーション量は大きく異なっていました。

だから部下と1対1のコミュニケーションを取るのが会社の公式な場でしかない上司の下の部下は突然会社に来なくなったり、辞めてそうなった後に他の部下に「最近あいつ何か悩んでいたのか?」など聞いてまわるという極めて間抜けな様子を晒していました。

まぁ私も辞めると言って驚かれましたけどね笑

ただ、辞めると言った時に上司ではないものの常に密にコミュニケーションを取っていた先輩(約20歳年上)には「確かに最近心ここにあらずって感じだったもんな」と言われ、あぁやっぱりコミュニケーションの頻度や濃度でわかるものなんだなと思いました。

 

業務時間中の1対1のコミュニケーションは時間も決まっているし、システムとして部下の状況を把握する上でとても良いと思います。

手前味噌ですが私が前職で新入社員のOJTをした時、特に最初の何ヶ月かは毎日特別なことがなくても1対1で話す機会を作っていたことを思い出しました。

仕事の話は仕事場でする、相手のプライベートの時間を取らないというのが自分の中のポリシーでした。

そもそも新入社員は職場にいるだけでも最初はしんどいのにプライベートまで会社の人間に拘束されたら仕事でパフォーマンス発揮できないでしょうからね。

結果的に10ヶ月ほどして新入社員の方から仕事終わりに食事に誘ってくるようになり財政的には多少苦しくなりましたが、コミュニケーションは円滑に取れたと思います。

 

ベンチャー企業に入社して日系大手企業よりもコミュニケーションという点に関しては明らかに先に行っていると感じた出来事でした。

田舎に生まれてよかったと感じること

自分の人生の中で見えている景色が大きく変わった経験というとどうしても大金を手にしたとか、芸能人などのような有名で人気のある人と知り合えたとかそういった話になりがちな気がしますが、意外と普通の人生でも景色が変わる経験はあると思います。

 

私の場合、それは明らかに大学進学でした。

と言っても大学生の生活の中で景色が変わったというわけではなく、地元を出て、誰も知り合いのいない、かつ18歳までよりもだいぶ都会の街に住む事になって変わった景色です。

正確に言えば景色が変わったと言うより自分の知る世界が広がったといったほうが正しいかもしれません。

 

私は田舎の出身です。

と言っても県庁所在地で実家は新幹線の停車駅から徒歩20分くらいなので多くの人が想像する田舎よりはやや都会だと思います。

それでも18歳の時に大学進学のために大阪に行った時はかなり感動しました。

今でこそ新大阪はさほど面白い街ではないことや東京都比べると大阪って結構田舎な部分もある地方都市という印象ですが、当時は新大阪のビル群が見えただけで感動したものでした。

あの当時新幹線で新大阪に向かうまでの高揚感は人生の中でも忘れられない経験です。

また、天気予報が地元のときと全く違う地域の天気予報をしているでさえ面白かったです。

 

この感動や経験は私が田舎の出身で地元を出たからこそ得られたものだと思います。

もし地元に残っていたら一切経験することはなかったでしょう。

なので私は田舎に生まれてよかったと思っています。

逆に高校を卒業して地元を出る機会のない人はもったいないと思います。

 

私が就職を気に東京に出てきて首都圏出身の人と会う中で一つ気づいたことがあります。

それは地方出身者も東京出身者も同じ地元に残り続けた人特有の価値観、考え方があるということです。

そしてそれは何かというと学生までの常識が大人になっても続いているなということです。

前職の同期で私と同じように地方出身者の友達がいましたが、よく私にお得になるセールの情報だったり、常に今より良くなる情報をくれました。

私も自分で調べて伝えることもあったのですが、東京出身者はそういう情報には興味を示さず、現状維持を好んでいるように映りました。

それは私の地元に残り続ける人と全く同じです。

 

ただ、東京出身者の人が可愛そうなのは、東京以上の経済都市が日本にないので東京を出る必要性が普通に生きていると生まれないこと、そして仮に出ることになっても地元より都会を見て感動することがないことです。

その点は気の毒だなと思います。

しかし、地元に残って流れるままに生きる人は田舎でも都会でも変わらないというのが社会人になって発見したことでした。

だから大事なのは10代後半の多感な時期に地元の見慣れた景色を一変させる経験をすることなのではないかと思いました。

 

 

お金の管理を細かくして感じたこと

何ヶ月か前からマネーフォワードで自分の支出管理をするようになりました。

ただ使った金を残すだけでなく、予算を決めてそれ以内に生活するようにしています。

 

支出管理を細かくするようになって使うお金の金額は確かに減りました。

余計なものは買わなくなっていると思います。

ただ、それと同じくらいに自分がケチになってきているなとも思いました。

 

ケチになると困るのが他人との食事などの時にも出ていくお金の金額に意識がいってしまいその場を楽しめなくなってしまうということです。

自分ひとりであればいくらでもコントロールできるので食事などもしょぼい内容でも良いのですが、他人といる時にそういうわけにはいかないので頭の中が支出でいっぱいになってしまいます。

この対処法はまだ考えられていませんが、月の頭から毎日いくら使って残りいくらでみたいなことをやっているとどうしてもずっとケチな感じになってしまうので20日くらいまでは何も考えずにみたいにすれば良いのかなとは思っています。

 

あるいは自分の予算設定が厳しすぎる可能性もあるのでその金額を緩めるというのも一つの手かもしれません。

 

ただ、支出を管理するのは絶対良いことだと思います。

体重もそうですが見える化できるものは見える化したほうが良いと思っています。

現在の状況を見ておけば頭のどこかに絶対残っているので無茶なことをしなくなると思います。

以前痩せたければ体重計に乗れという記事を書きましたが、それと同様に節約したければ支出を管理したほうが良いです。

 

私の場合、支出管理して使うお金を減らすことは達成したので後は如何にケチにならないかを考えようと思います。